人の心について

「普通になりなたい」と悩むあなたへ「『普通がいい』という病」より

普通になりたい私

ああなたは「自分は人と違う」「みんなと同じになりたい」と悩んだことはありますか?私はしょっちゅうあります。もともと「常識がない」「変わっている」と言われることが多いので、常に周りの様子を伺い普通のふりをしています。

だけど今回ある本に出会い、「変わっている」まま、「普通じゃない」まま生きていこうと決意しました。こちらです。

「『普通がいい』という病」 著者/泉谷 閑示 出版社/講談社 

今回こちらの本をもとに、私の考えたことを書いていきたいと思います。私と同じように「普通になりたい」と悩む人の参考になれば嬉しいです。

普通というものは存在しない

まず大切なのは「普通というものは存在しない」ということを理解するということです。以下本書から引用します。

マジョリティの大通りは、不自然で窮屈な道です。人間はそれぞれユニークな存在なのですから、本来一万人いたら一万通りの道なき道があるはずです。P212

世の中の普通と呼ばれている人達は言い換えれば「マジョリティ」のことですよね。でも普通に見えるマジョリティでも全く何から何まで同じ意見の人はいないわけです。とするならば「マイノリティ」の私が「マジョリティ」にあわせることは不可能なんですよね。「マジョリティ」なんて存在せず、一人一人の意見は違うのですから。「普通は~だよ」という人は考えることを放棄しているとも言えます。

ありのままの自分を見つけること

海を眺める女性

普通になるのは不可能だということを理解した後、次に重要になるのは「生まれたばかりの自分を見つけること」だと思います。

例えば私はいい歳をした主婦だけどゴジラが好きです。でも周りに「それは普通じゃない」と言われてきたとしましょう。そうすると、「ゴジラが好きな自分」を人に見せないように、もしくはゴジラという趣味を捨ててしまおうと考えるわけです。

そういうふうに自分の好きなこと、考えをどんどん曲げていってしまう。本来の自分がどんどん分からなくなっていってしまうんですよね。私も今正しくこの状態です。

「普通じゃない」と言われ過ぎているから、「普通」のふりをするのに必死で、自分がよく分からないと言う状態です。だから本来の自分を見つけてあげるのが大切なんです。本当の自分は、何が好きなのか、何を感じているのか、よく考えるのです。

処世術で本当の自分を守る

本来の自分を、見つけたらその後はどうするか。その後は、したたかに処世術を見つけて社会をうまく渡っていくのです。

私の例えでいうと、ゴジラが好きなのが本来の私ですね。でも「私ゴジラが好きなんです!」と誰彼かまわず語ってしまえば、社会的に生きづらくなるわけです。

無邪気に自由に振る舞って社会と調和して暮らせれば一番だけど、そうはいかない。だったらゴジラが好きな自分を守るために、仲のいい人以外には打ち明けない、などの処世術を考えていけばいいのです。

この処世術を見つけた状態と、普通になりたくて自分を偽っている状態は似ているようでまったく違うんですね。前者は本来の自分を大切にしつつ、社会と調和して暮らす努力をしています。対して後者は、本来の自分を認めていない、もしくは本来の自分がわからなくなっている。普通じゃないと悩む人が目指すべきは前者じゃないでしょうか。

まとめ

以上普通じゃないとよく言われる私が「『普通がいい』という病」を読んで考えたことです。私と同じように「普通になりたい」と悩んでいる方、ぜひ一緒に自分だけの道、道なき道を進んでいきましょう!