雑記

30代から始める終活のすすめ やっておきたい3つのこと

穏やかな最後を迎えるために

あなたは自分の人生の終わりを想像したことありますか?まだ早いから、、と考えてない人がほとんどだと思います。私もずっと「自分がどういうふうに終わりを迎えるか」考えるのを避けてきました。が、ふとしたことがきっかけで「死」について考えるようになりました。

人生の最後について考えてみました 「死すべき定め」感想

もともと痛がりで苦しいの大っ嫌いなので、どんどん心配になり、、。こんなに死ぬのが怖いならとことん調べてやろうと、本を読み漁りました。「どうやったら穏やかに最後を迎えられるか」に焦点を絞り調べていったところ、元気なうちに(自由に動けるうちに)やっていったほうがいいことに気が付きました。今回元気なうちにやっておきたい終活を3つ書いていきたいと思います。

①自分に合った看取り医を見つける

患者を診る医者

どの本にも共通して書いてあることは「病院で穏やかな最後を迎えるのは難しい」ということです。

そもそも今の医学は1分1秒でも寿命を伸ばすことを目的としているため、穏やかに最後を迎えさせてあげられる医師が少ないのです。だからほとんどの医師は延命治療しかできません。延命治療は死にゆく人間にとって自然に逆らうことなので当然苦しい。だからなるべく病院には関わらないほうがいいらしいのですが、、。

でもそれって不可能じゃないですか?!現代で死にそうな人がいたら誰でも病院に連れて行くし、1人で最後を迎えるのも相当の覚悟が必要です。(私は怖くなって病院に行ってしまうと思う)

で、解決方法はこれしかないと思いました。それは「看取ってくれそうな医者を育てる」という方法です。看取り医がいないなら自分で育てようっていう考えですね

「医者には絶対書けない幸せな死に方」著者/たくきよしみつ 出版社/講談社+α新書から引用します。

具体的には、まず、かかりつけ医に通院できるうちに懇意にしておき、どんな風に死にたいかを伝えておく。次に「訪問看護ステーション(事業所)」の所在を教え、「先生が往診できなくても、先生の指示で訪問する看護師は手配できます」と伝えておく。そうしてじわじわとコミュニケーションを取るうちに、医師も気持ちが動き、最後の最後くらいは自分が出向いて看取ってあげようと思ってくれるかもしれない、というわけです。

どうですか、この長期戦!!この計画具合が悪くなってから始めても、間に合わないでしょう。元気なうちにかかりつけ医を探しておかなくてはいけないんです。「この人は私を看取ってくれるか!?」と意識して医者にかかるだけでだいぶ違うと思います。

尊厳死の宣言書を書いておく

大切な手紙

でも必ず自分の看取り医に看取ってもらえるかというとそうでもないですよね、、。突然倒れて運ばれた先が全く違う病院だということもあるでしょうし。そういう時のために、自分の意思をはっきり示しておくことが大切です。そのためには尊厳死の宣言書を書いておくという方法がよさそうです。

尊厳死の宣言書とは
「けがや病気で治る見込みがなく死に向かっている時、死期を延ばすだけの延命治療は一切おことわりします」などの文章を残しておきます。この文章のことを尊厳死の宣言書=リビングウェルと言います。 

 

後は家族が延命治療の拒否を強く望んでくれれば、言うことなしなんですが、、。やっぱりそのためには自分の希望する最後を何度も家族と話し合うのが大切ですね。

親の最後を看取る

老人の手を取る人

私の親は両方健在なんですが、高齢になりつつあり、当たり前ですけど私より死が身近な存在です。ただ死から逃げ続けてきた私には、親の最後を考えることは本当に怖かったんですね。

でもここまで勉強してきたら、親をなるべく穏やかに看取ってあげたいという気持ちが芽生えてきました。多分、「死ぬって何が何だかわからない、怖い」っていう状態から「努力すれば人は穏やかに死ねるのかもしれない」っていう状態に気持ちが変化したからだと思います。

身近な人を看取る経験は、自分が最後を迎える時の自信に繋がると思います。穏やかに最後を迎えられるのだという自信をもって、人生から退場したいですね。。 

まとめ

どうやって穏やかに最後を迎えるか」に焦点をしぼって考えてきましたが、私が老後を迎えるころには医療も変わっているかもしれません。でも変わってない時のために保険の意味も込めて、終活をしていきたいと思います。痛いの苦しいの大っ嫌いと言う方は、早めの終活をしてみたらどうでしょうか?